自治会・地域の紹介 その1
西阿倉川地区
 
                西阿倉川一区自治会
 
 自治会区域内のごみ置き場の設置や防犯外灯の設置・管理、また町内の一斉清掃などを行っています。

合わせて地区連合自治会を通じての行政への道路等に関する土木要望や海蔵川堤防清掃(地区社協主催)、防災訓練(地区防災会主催)、桜まつり(海蔵川さくらまつり実行委員会主催)の早朝清掃などに協力し参加しています。
 「バス通り」(市道東坂部三ツ谷線)の北側に位置し、区域のほぼ中央を市道阿倉川西富田線が南北に通って います。「バス通り」には、バス停があります。区域全体が、ほぼ住宅地となっています。
区域内には開発された住宅地の調整池を兼ねた
広場があります。また、規模は小さいですが同連合自治会の防火水槽があります。

【令和7年度役員】
会長   羽場誓司   副会長   山崎美一   会計   水谷幸治  

【令和7年度会員世帯数】136世帯


調整池を兼ねた広場

防火水槽

市道阿倉川西富田線
                 ※印:西阿倉川連合自治会所有
                 西阿倉川二区自治会

 自治会区域内のごみ置き場の設置や防犯外灯の設置・管理、また町内の一斉清掃などを行っています。
合わせて地区連合自治会を通じての行政への道路等に関する土木要望や海蔵川堤防清掃(地区社協主催)、防災訓練(地区防災会主催)、桜まつり(海蔵川さくらまつり実行委員会主催)の早朝清掃などに協力し参加しています。
 海蔵川左岸から市道赤堀山城線両側までは農地が多く、それより北側はほぼ住宅地です。住宅区域のほぼ中央を「バス通り」が東西に通っていてバス停があります。市道赤堀山城線沿いに四日市市立海蔵保育園があります。
市道赤堀山城線の南側沿いに堀川が流れ、堀川の内水対策事業として海蔵川への堀川放水路の整備工事が行なわれ、令和8年度末に完成の予定です。
区域内には市のくすの木公園やそれに隣接した西阿倉川連合自治会が所有する西阿倉川公民館(旧海蔵保育園施設)、また浄覚寺近くには西阿倉川公会所、海蔵地区防災会の西阿倉川地区を対象とした防災倉庫(bP)があります。なお、西阿倉川公民館の一部を高齢者いきいきサロンとして、契約に基づき「くすの木サロン運営委委員会」が運営しています。
規模は小さいですが、防火水槽もあります。

令和7年度役員】
会長   平野 健治    副会長   西東 隆   会計   瀬谷 賢治 
書記   舘 久敏
書記   水谷泰久  
監査   中山 博
監査   池端 清貴

【令和7年度会員世帯数】315世帯

  農地に囲まれた市立海蔵保育園  
西阿倉川公会所
(平成元年3月地区広報「かいぞう」p3)
 
西阿倉川公民館

くすの木公園

同公園下段の広場

海蔵地区防災倉庫1

防火水槽
          ※印:西阿倉川連合自治会所有 
                 西阿倉川三区自治会

 自治会区域内のごみ置き場の設置や防犯外灯の設置・管理、また町内の一斉清掃などを行っています。
合わせて地区連合自治会を通じての行政への道路等に関する土木要望や海蔵川堤防清掃(地区社協主催)、防災訓練(地区防災会主催)、桜まつり(海蔵川さくらまつり実行委員会主催)の早朝清掃などに協力し参加しています。

地域の南側を「バス通り」が東西に通り、バス停があります。その北側沿いからの高台を中心とする住宅地域で、大きな万古焼事業所跡地も住宅地となりました。西側はみゆきが丘一丁目と三重地区の小杉町、小杉新町に隣接しています。
地域内には、住宅開発に伴って設置され、後に市に移管された公園が三か所あります。

令和7年度役員
 会 長    扇山康彦    副会長   平野大樹   副会長     虎本章伸  
 書 記    諸岡 修  会 計  森 省二 山際 均  会計監査 加藤  彰

【令和7年度会員世帯数】383世帯


阿倉川アサヒ児童遊園

西阿倉川公園

西阿倉川2号公園
                          西阿倉川四区自治会
 
 
自治会区域内のごみ置き場の設置や防犯外灯の設置・管理、また町内の一斉清掃などを行っています。
合わせて地区連合自治会を通じての行政への道路等に関する土木要望や海蔵川堤防清掃(地区社協主催)、防災訓練(地区防災会主催)、桜まつり(海蔵川さくらまつり実行委員会主催)の早朝清掃などに協力し参加しています。

海蔵川左岸から市道赤堀山城線両側までは、農地が広がっています。それより北側から「バス通り」までの間は、ほぼ住宅地となっていますが万古焼の事業所等もあり、「バス通り」にはバス停があります。市道赤堀山城線沿いに自治会の花壇があります。地域を東西に通る市道赤堀山城線に沿って流れる堀川の上流部が地域の西側にあり、三重地区の小杉町と隣接しています。

令和7年度役員
 会 長   堀木功雄  書 記  内山貴文   会 計   西尾政晃
顧 問    太田南海雄 サポーター  岩島 宏    

【令和7年度会員世帯数】261世帯



市道赤堀山城線と広がる農地

堀川は市道赤堀山城線下を通り流下

自治会花壇
                 西阿倉川五区自治会

 自治会区域内のごみ置き場の設置や防犯外灯の設置・管理、また町内の一斉清掃などを行っています。
合わせて地区連合自治会を通じての行政への道路等に関する土木要望や海蔵川堤防清掃(地区社協主催)、防災訓練(地区防災会主催)、桜まつり(海蔵川さくらまつり実行委員会主催)の早朝清掃などに協力し参加しています。

海蔵川から市道赤堀山城線両側までは農地と事業所、住宅等が混在し、その北側から「バス通り」までは店舗等もありますがほぼ住宅地です。「バス通り」にはバス停があります。地域のほぼ中央を市道赤堀山城線が東西に通り、市道阿倉川西富田線との交差点があります。
地域内には国指定天然記念物「アイナシ自生地」があり、隣接して市の上野児童公園があります。現在は見ることができませんが、「アイナシ自生地」の東側に隣接した住宅地の開発の際、弥生時代から室町時代にかけての「上野遺跡」が発掘されました。平成28年には
その南方の住宅地開発の際、古墳時代の「横穴式石室」や平安時代末から室町時代の「和鏡」等が発見されました。

令和7年度役員
 会 長   中越是隆   副会長   伊藤一男    書 記     中山 豊     
 会計(正)   水谷卓也  会計(副)   相松 豊   監 査   加藤好邦   顧 問    山本 武 

【令和7年度会員世帯数】226世帯

 
国指定天然記念物アイナシ自生地

アイナシ自生地横の上野児童公園
 

市道赤堀山城線沿いの農地
 
史跡 弥生時代 上野遺跡
(平成2年3月地区広報「かいぞう」p1〜3)
  
                 西阿倉川連合自治会

平成17年7月19日に法人の認可を受けました。
上記の5自治会が共有する財産を、当連合自治会が所有者として所有・管理しています。

《令和7年度役員》
会長 羽場誓司  (一区自治会長)  副会長  平野健治 (二区自治会長)  書記  扇山安彦  (三区自治会長) 
会計 中越是隆 (五区自治会長)  監査  堀木功雄 (四区自治会長) 監査  平野克治  (前二区自治会長) 
海蔵セフティネット協議会ブロック長
扇山康彦(三区自治会長)
  海蔵地区人権・同和教育推進協議会ブロック長
堀木功雄(四区自治会長)

 

西阿倉川公会所
(西阿倉川二区地内)
(平成元年3月地区広報
「かいぞう」p3)

ゲートボール場
(西阿倉川二区地内)


※西阿倉川公民館
(西阿倉川二区地内)


防火水槽
(西阿倉川二区地内)



防火水槽
(西阿倉川一区地内)

※西阿倉川公民館の一部は契約に基づき、高齢者いきいきサロン「くすの木サロン」として同サロンの運営委員会が運営しています。
              松ケ丘自治会

 
自治会区域内のごみ置き場の設置や防犯外灯の設置・管理、また町内の一斉清掃などを行っています。
合わせて地区連合自治会を通じての行政への道路等に関する土木要望や海蔵川堤防清掃(地区社協主催)、防災訓練(地区防災会主催)、桜まつり(海蔵川さくらまつり実行委員会主催)の早朝清掃などに協力し参加しています。

平成21年12月10日に法人の認可を受けています。
元電電公社の無線局が廃止され、局舎等が撤去された跡地に職員社宅が建設されましたが、昭和40年に敷地の一部が開発分譲されて「松ケ丘団地」となり、社宅と分譲地を合わせた自治会として発足しました。
その後、社宅は順次取り壊され、平成21年には全て撤去されました。その跡地が「ウエリスパーク阿倉川」として開発分譲され、以前の「松ケ丘団地」と合わせた新たな自治会となりました。
「ウエリスパーク阿倉川」造成の際、集会所と公園が設置されました。公園内には防災倉庫も設置され、ベンチは災害時には炊飯台に利用できます。

南方向にある「バス通り」と北方向にある「山手通り」にはバス停があります。

令和7年度役員
 会 長   真弓佳郎   副会長   角南裕子    会 計   齋藤綾乃 

【令和7年度会員世帯数】130世帯


集会所 

松ケ丘ウエリスパーク阿倉川の公園
 
防災倉庫

炊飯台対応ベンチ 
 
災害時トイレ用マンホール
NTT社宅後今昔
(平成23年3月地区広報「かいぞう」p6,7)

史跡 対応無線電信 海蔵受信所

現在、地域は住宅地に生まれ変わり、昔の面影を残すものは何一つありませんが、昭和3年から同12年まで当地には我が国最初の直接欧州と国際通信を掌る日本無線電信株式会社海蔵受信所がありました。当時、受信所局舎と付属局舎、社宅のほか地上60mの鉄塔3基、85mの鉄塔、多数の木柱が立っていて一帯は「無線所」と呼ばれて地域に親しまれていました。